麻底良城

麻底良城(まてらじょう)
福岡県朝倉市杷木志波
Mapion
登山口地図

--東曲輪石垣--
別名 左右良城・麻天良城
交通 JR鹿児島本線「二日市駅」からバス「志波」下車。
地図の地点、城址碑が立つ神社裏手から麻底良山方面へ
果樹園の中を進むと登山道があります。
築城年代 1573〜93年(天正年間)
築城者 秋月種実
形式 山城
主な城主 伊藤雅楽介・栗山四郎左衛門
1573〜93年(天正年間)秋月種実により築かれたとされ、喜津瀬(吉瀬)因幡・同主水が城番であったという。
1587年(天正15)豊臣秀吉による九州征伐後、名島城に入城した小早川隆景の持城となり、仁保右衛門大夫隆康が置かれ、小早川秀秋の代には伊藤雅楽介が入城した。
1600年(慶長5)関ヶ原合戦で東軍に属した豊前中津城主黒田長政は、筑前52万石を与えられ、名島城に入城した。しかし城下町が狭い事から父如水と話し合い、翌6年から7年の歳月をかけて福岡城を築いた。同時に国境防備の為、筑前六端城(若松城・黒崎城・鷹取山城・益富城・松尾城・麻底良城)を築き、麻底良城もその一つとして改修された。麻底良城には1万5千石で栗山四郎左衛門が入城し、現在見られる遺構はこの頃のものと考えられる。
1615年(元和1)一国一城令により廃城になったと考えられる。
標高356メートル、麻底良山に位置する。麻底良神社が建つ山頂を中心とし、東西に曲輪を配している。往時は総石垣であったと考えられ、各所に石垣の痕跡が確認出来、桝形虎口や堀切も残されている。
南東から城址遠望 南麓に立つ城址碑 本丸に建つ麻底良神社
本丸 東曲輪石垣�� 東曲輪石垣��
東曲輪�� 東曲輪石垣�� 東曲輪��
桝形虎口石垣 東曲輪堀切 本丸西下石垣

参考文献  「福岡県の城郭 銀山書房」
                    「福岡・熊本・鹿児島の城郭 新人物往来社」 
訪城回数 1
2019年12月