牛久城

牛久城(うしくじょう)
茨城県牛久市城中町
Mapion

--南から城址遠望--
別名 岡見城
交通 JR常磐線「牛久駅」から徒歩30分。
築城年代 1532〜55年(天文年間)
築城者 岡見氏
形式 平城
主な城主 岡見氏・由良国繁
1532〜55年(天文年間)岡見氏により築かれた。岡見氏の出自については諸説あり、那珂郡国井村(水戸市)に居た国井氏6代水戸五郎四郎政国が岡見城に移り、この地方に勢力を伸ばしたという説、または南北朝時代、小田城主小田治久の次男が岡見に移ったという説があり、明らかではない。
岡見氏は小田氏に従っていたが、1573年(天正1)小田氏が佐竹氏の攻勢に勢力を失うと、後北条氏に援助を求め、牛久城は後北条氏に接収され、大改修された。
その後佐竹氏方の下妻城主多賀谷氏により有力支城である谷田部城・足高城は落城するが、牛久城は布川城主豊島氏や下総国小金城主高城氏の援軍を得て守り切った。
1590年(天正18)豊臣秀吉による小田原攻め後、上野国金山城主由良国繁が5千石で入城するが、1621年(元和7)貞繁没後、由良氏は嗣子が無く、除封になると牛久城は廃城となった。
得月院近くにある大手門跡 Mapion
得月院・妙印尼墓所
三の丸
二の丸空堀 土橋 二の丸虎口
本丸周囲空堀�� 本丸周囲空堀�� 本丸土橋

参考文献 「現地案内板」 
                        「茨城・栃木・群馬の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2008年4月