鬼ノ城

鬼ノ城(きのじょう)
岡山県総社市奥坂
Mapion

--屏風折れの石垣--
別名        
交通 JR吉備線「服部駅」からタクシー利用、又は徒歩60分以上。
築城年代 5〜7世紀
築城者 吉備氏・渡来系集団・国家
形式 朝鮮式山城
主な城主         
築城年代については諸説あり、663年(天智天皇2)倭国が唐・新羅連合軍に白村江の戦いで敗れた後、外敵防備の必要性から築いた長門城・基肄城・大野城・高安城・屋嶋城・金田城と同時期かそれ以前ともされ、定かではない。出土遺物は7〜8世紀初頭のものがほとんどであるという。
伝承によると朝鮮半島から渡来した温羅(うら)と呼ばれる一族が居住しており、その後大和朝廷から派遣された吉備津彦命に討たれたとされ、これがおとぎ話「桃太郎」のモチーフになったともいわれる。
鬼城山8〜9合目を全長2,8キロに及ぶ長大な城塁が鉢巻状に巡り、一部に高石垣が築かれている。その城塁に沿ってハイキングコースが整備されており、水門跡や石垣、復元された門跡を見る事が出来る。
復元された西門遠望 北門跡 角楼跡
土塁 温羅奮跡碑 屏風折れの石垣��
屏風折れの石垣上部 第5水門跡 東門跡
第4水門跡 列石 第3、第4水門跡間石垣
第3水門跡 南門跡 第1、第2水門跡付近石垣
西門跡付近敷石 復元された西門 南から鬼城山遠望

参考文献 「現地案内板」
                    「広島・岡山の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2013年3月