土丸城

土丸城(つちまるじょう)
大阪府泉佐野市土丸
Mapion
登山口地図

--北西堀切--
別名 槌丸城
交通 JR阪和線「日根野駅」からバス「土丸」下車。
地図の地点、阪和自動車道下に登山口があります。
築城年代 1346年(貞和2)
築城者 日根野氏
形式 山城
主な城主 橋本正督(正高)・根来衆
1346年(貞和2)当地の豪族日根野氏により築かれたと考えられ、1347年(貞和3)足利尊氏は高師泰に命じ、日根野盛治に土丸城を警護させている。
1353年(文和2)南朝方楠木氏一族である橋本正督(正高)は土丸城を攻略し、日根野氏を追うと、尾根続きの雨山に縄張りを拡張した。1378年(永和4)正督・和田正武らは土丸城跡に拠り、北朝軍を迎え撃ったが、城を捨て吉野に逃れた。翌年2月、正督は再び土丸城に拠ったが、山名氏清らの大軍に攻められ、3月に落城した。
1382年(永徳2)楠木正勝が拠り、山名氏清と戦い、1388年(元中5)広橋経泰が山名義理を迎え撃った。
戦国時代に入り、紀伊国根来寺の勢力が進出すると、根来衆の拠る所となり、その後1617年(元和2)城は廃された
標高287メートルの城ノ山と標高312メートルの雨山の2つの山頂に築かれた山城で前者が土丸城、後者が雨山城と呼ばれるが、構造的には一体で土丸・雨山城跡として一つの遺跡名となっている。龍王神社・橋本正督(正高)碑が立つ本丸から三方の尾根上に曲輪を配し、それぞれ堀切が設けられている。ここから北東、雨山までハイキングコースが整備されており、その中間にも曲輪や土塁が確認出来る。
北西曲輪 北西曲輪からの眺め 二の丸
本丸�� 本丸南西堀切 本丸��
本丸に建つ龍王神社 本丸に立つ橋本正督(正高)碑 本丸北東堀切(武者隠し)
土塁 三の丸 雨山方面から見る土丸城

参考文献 「大阪府中世城館事典 戎光祥出版」
       「大阪・兵庫の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2020年1月