勝竜寺城

勝竜寺城(しょうりゅうじじょう)
京都府長岡京市勝竜寺
Mapion

--復元された本丸櫓・城門--
別名 小龍寺城
交通 JR東海道本線(JR京都線)「長岡京駅」から徒歩10分。
築城年代 1339年(延元4)
築城者 細川頼春
形式 平城
主な城主 細川藤孝(幽斎)
1339年(延元4)京都へ進出する南朝方に備える為、細川頼春によって築かれたといわれる。
応仁・文明の乱(1467〜77年)には守護畠山義就の乙訓地域の拠点となる。
戦国時代末期には松永久秀や三好三人衆の属城となるが、1568年(永禄11)織田信長に攻められ落城した。信長は細川藤孝(幽斎)を城主とし、乙訓・西岡一帯を支配させる。この時勝竜寺城は改修され、北方にある神足神社に見られる遺構はこの頃に改修された部分と考えられる。
1580年(天正8)頃、藤孝が丹後国宮津城に移ると、城代が置かれ、1582年(天正10)本能寺の変直後、一時明智光秀の支配下に置かれるが、間も無く山崎合戦で落城し、その後廃城となった。
本丸北堀 本丸北東隅櫓・東堀 本丸南堀
本丸・沼田丸間堀跡
南北に長い帯曲輪があり
橋が架けられていたとみられる
沼田丸 沼田丸・井戸跡
沼田丸堀�� 沼田丸堀�� 本丸北門跡

参考文献 「現地案内板」
                        「京都・滋賀・福井の城郭 新人物往来社」
訪城回数 2
2006年5月
2009年6月