諏訪原城

諏訪原城(すわはらじょう)
静岡県島田市菊川
Mapion

--二の丸大手馬出・空堀--
別名 牧野城・牧野原城・扇城
交通 JR東海道本線「金谷駅」から徒歩30分。
築城年代 1573年(天正1)
築城者 武田勝頼
形式 山城
主な城主 武田氏・徳川氏
1573年(天正1)武田勝頼が高天神城攻略の拠点として馬場信房らに命じ、築城したとされる。そして翌年、高天神城攻略後は武田方の兵站基地として利用された。
1575年(天正3)長篠合戦後、攻勢に転じた徳川家康は諏訪原城を攻略すると、城兵は小山城へ逃れたといわれる。これにより高天神城は孤立、1581年(天正9)落城に繋がる事となる。そして諏訪原城は牧野城(牧野原城)と改名され、今川氏真・松平家忠らが在城した。この時度重なる改修が行われ、縄張りの基本は武田氏時代と変わらないと思われるが、現在見られる遺構は徳川氏によるものが大きいと考えられている。
1582年(天正10)3月、武田氏滅亡後、存在意義は薄れ、1590年(天正18)家康の関東移封に伴い、駿・遠両国境の守りとしての役割を終え、廃されたと考えられる。
大手曲輪・今福浄閑戦死墓塚 大手曲輪空堀 二の丸中馬出・空堀��
二の丸中馬出・空堀�� 二の丸中馬出・二の丸間土橋 二の丸西空堀
二の丸大手馬出に建つ諏訪神社 二の丸大手馬出・二の丸間空堀 二の丸南中馬出
二の丸南中馬出・東内馬出間土橋 二の丸東馬出・空堀 二の丸東馬出・東内馬出間土橋
二の丸東内馬出 二の丸・本丸間土橋 二の丸・本丸間空堀
本丸 本丸・石積み 搦手虎口
搦手空堀 カンカン井戸 水の手曲輪

参考文献 「現地案内板」
                        「静岡・愛知・岐阜の城郭 新人物往来社」
訪城回数 2
2006年8月
2018年3月