門司城

門司城(<もじじょう)
福岡県北九州市門司区門司
Mapion

--城址碑--
別名    
交通 JR鹿児島本線「門司港駅」から徒歩40分。
築城年代 1185年(元暦2)
築城者 平知盛
形式 山城
主な城主 門司氏・毛利氏
1185年(元暦2)平知盛が源氏との戦いに備え、長門国目代紀井通資に築城させた事に始まるといわれる。
戦国期に入ると豊後大友氏と周防大内氏が争奪を繰り広げ、1557年(弘治3)大内氏が滅亡すると大友義鎮が収めた。この後も門司城を巡り、大友氏と毛利氏との間で激しい攻防が繰り広げられた。
1558年(永禄1)6月、毛利元就が門司城を攻略し仁保右衛門大夫を城将に置いた。1559年(永禄2)これに対し義鎮は門司城を攻め、仁保右衛門大夫は敗走し取り戻すが、元就は嫡子隆元と小早川隆景を送り、再び奪還する。1561年(永禄4)義鎮は当時府内に停泊していたポルトガル船を引き連れ、奪還に乗り出すが敗れ退却した。
1587年(天正15)豊臣秀吉による九州征伐後、豊前国2郡6万石を与えられ、小倉城に入城した毛利勝信の支配下に入り、1600年(慶長5)関ヶ原合戦後、改易となった勝信に代わり、丹後国田辺城から細川忠興が豊前国に入部すると長岡勘解由が門司城代となる。
1615年(元和1)一国一城令により廃城となった。
1889年(明治22)陸軍の砲台が設けられ、その後1945年(昭和20)まで下関要塞の一部となっており、城址のほとんどが破壊され、僅かに石垣が残るのみとなる。
中腹に立つ城址碑 要塞跡 本丸
石垣�� 石垣�� 城址碑・関門橋

    参考文献 「福岡県の城郭 銀山書房」
                      「福岡・熊本・鹿児島の城郭 新人物往来社」
訪城回数 2
2008年1月
2019年12月