![]() 静岡県静岡市清水区蒲原 --善福寺曲輪・本丸間堀切-- |
| 別名 | |
| 交通 | JR東海道本線「新蒲原駅」から徒歩30分。 |
| 築城年代 | 1331〜92年 |
| 築城者 | 今川範国か |
| 形式 | 山城 |
| 主な城主 | 布施康能・北条綱重 |
| 1331〜92年(南北朝時代)足利尊氏の麾下にあった今川範国が駿河守護として入国すると、東の押さえとして築城した事に始まるといわれ、一族の蒲原氏が在城していた。 1532〜55年(天文年間)には今川氏重臣の飯尾豊前守が城番であったというが、1560年(永禄3)桶狭間合戦以後、今川氏が衰退していくと後北条氏の属城となり、後北条氏家臣布施康能(康則)、続いて北条綱重が在城した。 1569年(永禄12)三増合戦後、武田信玄は再び駿河に侵攻し、12月6日、武田勝頼を総大将として蒲原城の総攻撃を開始した。城兵1千人は奮戦するが支えきれず、城主綱重は討死、落城する。蒲原城を攻略した信玄は駿府を再占拠した。 その後1582年(天正10)2月、徳川家康勢に攻められ落城するまで武田氏治下にあり、当地の地侍・土豪による蒲原衆が編成され、この地を治めた。 |
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| 搦め手付近から城址遠望 | 搦め手大空堀 | 善福寺曲輪北、腰曲輪 |
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| 善福寺曲輪北、腰曲輪石垣 | 善福寺曲輪 | 善福寺曲輪土塁 |
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| 本丸・城址碑 | 本丸から見る善福寺曲輪 | 本丸から南西方面 |