八王子城

八王子城(はちおうじじょう)
東京都八王子市下恩方町
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--詰城(大天守跡)西下堀切--
別名  
交通 JR中央線・京王線「高尾駅」から徒歩40分。
築城年代 1584〜87年(天正12〜15)頃か
築城者 北条氏照
形式 山城
主な城主 北条氏照
はじめ滝山城の支城として築かれたともいわれるが、本格的な城構えとなったのは、武田信玄により滝山城を攻められ、要害の城の必要性を感じた北条氏照が入城した1584〜87年(天正12〜15)頃とされる。城郭が平城化する時期、山城を築いた氏照の意図は諸説あり、不明である。
1590年(天正18)豊臣秀吉による小田原攻めの際、氏照不在の八王子城は前田利家・上杉景勝・真田昌幸ら率いる1万5千に攻められた。6月23日、総攻撃が始まり、城代横地監物をはじめ、中山勘解由・狩野一庵・近藤出羽守以下3千は奮戦するが、僅か1日で落城した。
その後小田原城が開城すると、関東には徳川家康が入り、八王子城は直轄領となった。
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北条氏照墓
管理棟付近に立つ城址碑 大手門跡
あしだ(あんだ)曲輪下段 あしだ(あんだ)曲輪上段 観音堂
金子曲輪
金子三郎右衛門家重が守っていた。
柵門跡下石垣 9合目付近からの眺め
山頂に建つ八王子神社 松木曲輪
中山勘解由家範が守っていた。
小宮曲輪
狩野一庵が守っていた為
一庵曲輪ともいわれる。
上杉景勝勢に奇襲され落ちたという。
本丸
横地監物吉信が守っていた。
炊井の井戸 本丸南西下堀切(馬冷やし)
詰城 太鼓曲輪 太鼓曲輪堀切


御主殿跡
古道から御主殿に架かる曳橋 御主殿虎口石垣 御主殿虎口通路��
御主殿虎口通路�� 御主殿虎口通路�� 御主殿跡
礎石 御主殿の滝
落城時、御主殿の婦女子、将兵が
身を投げ城山川の水が三日三晩赤く
染まったという。
御主殿跡背後石垣

参考文献 「現地案内板」
       「パンフレット」
                    「東京・埼玉の城郭 新人物往来社」
訪城回数 5
2006年1・3月
2007年1月
2008年2月
2013年2月