![]() 大分県臼杵市大字臼杵 --大手口・古橋-- |
| 別名 | 丹生島城・亀城・亀ヶ城・鼇城 |
| 交通 | JR日豊本線「臼杵駅」から徒歩10分。 |
| 築城年代 | 1562年(永禄5) |
| 築城者 | 大友義鎮(宗麟) |
| 形式 | 平山城 |
| 主な城主 | 大友義鎮(宗麟)・稲葉氏 |
| 臼杵城は臼杵七島の一つ丹生島に位置し、往時周囲は海に囲まれ、四周は切り立った断崖が連なる天然の要害であった。 1562年(永禄5)または翌年、大友義鎮(宗麟)により築かれ、それまでの本拠である大友館を嫡男長寿丸(義統)に譲ってこの地に移ったとされる。しかし近年では1555〜58年(弘治年間)以前、既に利用されていたという説もいわれる。 1586年(天正14)12月、島津氏が豊後に侵入した際、臼杵城に拠る宗麟は小勢であったが、「国崩」といわれる南蛮渡来の大砲を用い、島津勢を退却させている。 1593年(文禄2)朝鮮の役で失敗した大友義統は、豊臣秀吉に豊後国を没収されると、福原直高(長堯)が6万石で入城、5年在城した後、府内に移ると、代わって太田一吉が入城した。 その後1600年(慶長5)11月、稲葉貞通が領すると、明治維新に至るまで稲葉氏15代の居城となった。 |
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| 切通しの城道 | 国崩砲台跡 | 畳櫓 |
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| 二の丸・大門櫓 | 二の丸 | 二の丸・櫓跡 |
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| 国崩レプリカ | 本丸・二の丸間空堀�� | 本丸・二の丸間空堀�� |
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| 本丸 | 本丸天守跡 | 井戸跡 |
