高根城

高根城(たかねじょう)
静岡県浜松市天竜区水窪町地頭方
Mapion

--本丸に復元された井楼櫓・板塀--
別名 久頭郷城・久頭合城
交通 JR飯田線「向市場駅」から徒歩30分。
築城年代 南北朝時代
築城者 奥山定則
形式 山城
主な城主 武田氏
地元の国人領主奥山氏累代の居城。1414年(応永21)奥山金吾正定則という侍が、由畿良親王を守護し、周智郡奥山に仮宮を設け、葛郷高根城を築いた事に始まると伝えられる。
1521〜28年(永正及び大永年間)今川氏親等から知行安堵状を得ている為、この頃には今川配下に組み入れられたと考えられる。
永禄年間後半頃になると、今川家没落、そして武田氏、徳川氏の台頭により、奥山支配は大きく変化する。1558〜70年(永禄年中)に信州の遠山土佐守に攻められ落城したと伝わる。また1569年(永禄12)には今川氏真・徳川家康双方から所領安堵状を、そして1572年(元亀3)には武田信玄からも安堵状を得ている。このような背景の中、奥山氏内部で今川・徳川・武田のどこに組するかで内紛が起こり、奥山家惣領家は滅亡、最終的に傍系が武田氏に組み込まれたと考えられる。
南信濃と北遠江を結ぶ主要街道を見下ろすこの高根城は、武田方の拠点として大改修が行われ、武田勢が在番していたと思われるが、1575年(天正3)長篠合戦後、徳川氏によって遠江から武田勢力が一掃されると、廃城になったと考えられる。
城址は発掘調査成果の下に復元され、中世の山城としては全国で初めて再現されたと言われている。
本丸大手門 本丸・仕切門 本丸・井楼櫓
本丸・土塁 本丸搦手門 本丸・二の丸間堀切
二の丸�� 二の丸�� 二の丸下段虎口
二の丸から堀切を挟み三の丸方面 二の丸・三の丸間土橋 二の丸・三の丸間堀切
三の丸 三の丸から見る城内道 三の丸背後二重堀切
城址から北側の眺め

参考文献 「現地案内板」
                        「静岡・愛知・岐阜の城郭 新人物往来社」
訪城回数 2
2010年12月
2014年1月