大給城

大給城(おぎゅうじょう)
愛知県豊田市大内町
Mapion

--本丸に立つ城址碑--
別名        
交通 名鉄三河線「豊田市駅」からバス「大内」下車。
築城年代        
築城者 長坂新左衛門・松平乗元
形式 山城
主な城主 大給松平氏
大給城は元々土豪長坂新左衛門が拠っていたとされるが、1467〜86年(応仁・文明年間)松平宗家3代信光は大給城を攻略すると、3男親忠に与えた。そして親忠に大給城を与えられた2男乗元は大給松平氏を称し、1510年(永正10)までに2代乗正が大改修を行ったとされる。
以後大給松平氏居城として続き、1590年(天正18)6代家乗の時、徳川家康の関東移封に従って上野国那波1万石を領すと、大給城は廃城となった。
この地域では規模の大きい城址の一つで、石垣も見られる。至る所に点在する巨石群や北側の谷に設けられた大規模な取水施設も見所である。
松平乗元墓所 堀切 三の丸虎口
三の丸虎口石垣 三の丸 水の手曲輪��
水の手曲輪�� 水の手曲輪石塁 水の手曲輪下段
水の手曲輪東竪堀 二の丸・本丸桝形虎口 二の丸
二の丸石垣 二の丸・本丸を区切る石塁 本丸虎口
本丸 物見岩
柱穴が残る
居館跡
正面が本丸

参考文献 「現地案内板」
                        「静岡・愛知・岐阜の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2014年1月