南山城

南山城(なんざんじょう)
沖縄県糸満市大里
Mapion

--城址碑--
別名 島尻大里城・高嶺城
交通 「糸満バスターミナル」からバス「高嶺小学校前」下車。
築城年代 14世紀頃か
築城者 大里按司か
形式 山城
主な城主 他魯毎(たろまい)
三山時代、南山王歴代の居城とされるが確証は無く、他に島尻郡大里村の大里城という説もあり、正統や分家等、複雑な内部事情や変遷があったようである。
南山は、北山・中山に比べると微力であったが、明国と盛んに交易し、朝貢回数は22回を数える。
1429年南山王他魯毎(たろまい)の頃、中山の尚巴志(しょうはし)に攻められ、南山は滅亡、琉球は統一された。この時他魯毎は南山の水源であった嘉手志川(かでしがー)を尚巴志の金屏風と交換した為、南山の人々の信望を失い、滅亡に繋がったという逸話が残されている。
現在城址は高嶺小学校・南山神社境内となっている。西側は小学校校舎やグラウンド造成の為、遺構は消滅し、立ち入りも出来ないが、東側南山神社境内に拝所や井戸、石垣が残されている。また糸満にある山巓毛(さんてぃんもう)は他魯毎が自害した所ともいわれ、南側に墓所がある。
南側石垣 南山神社拝殿 石垣��
石垣�� 城址東側 城址から東側の眺め
中央が嘉手志川(かでしがー)
嘉手志川(かでしがー)
現在も水が湧き続けている
嘉手志川(かでしがー)から城址遠望 Mapion
山巓毛(さんてぃんもう)南下に立つ
他魯毎墓所

参考文献 「現地案内板」
                     「北海道・沖縄の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2013年3月