12〜13世紀頃、築かれたと考えられているが、詳しい年代や築城者については明らかでない。 14世紀に入ると沖縄本島は「北山」・「中山」・「南山」の三山(国)に分立するが、今帰仁城は北山の拠点として栄え、帕尼芝(はにじ)・��(みん)・攀安知(はんあんち)3代の国王の名がみえる。 1416年(1422年とも)中山の尚巴志(しょうはし)に攻められると、攀安知は自害し、今帰仁城は落城した。その後巴志は北部地域管理の為、監守を設置し、今帰仁城はその居城として利用された。 1609年(慶長14)薩摩国による琉球侵攻の際、今帰仁城は炎上したとされ、その後1665年(寛文5)廃城となると、今帰仁城は祭祀の場として精神的な拠り所となる。 2000年(平成12)「琉球王国のグスク及び関連遺跡群」の一つとして世界遺産に登録された。 |