![]() 福井県坂井市丸岡町霞町1丁目 --天守閣-- |
| 別名 | 霞ヶ城 |
| 交通 | JR北陸本線「丸岡駅」からバス「本丸岡」下車。 バス停から徒歩10分。 |
| 築城年代 | 1576年(天正4) |
| 築城者 | 柴田勝豊 |
| 形式 | 平山城 |
| 主な城主 | 本多氏・有馬氏 |
| 1575年(天正3)越前一向一揆を平定した織田信長は、柴田勝家に越前49万石を与えた。勝家は北ノ庄城を築城すると、甥である勝豊を豊原寺に派遣し、北ノ庄城の支城として治めさせる。しかし地理的・軍事的な事からこの丸岡に移り、新たに築城を開始した。これが現在の丸岡城とされる。 1582年(天正10)勝豊が近江国長浜城へ移った後、安井氏・青山氏・今村氏らが一時居城し、その後本多成重が入城し、丸岡藩が成立すると以後4代本多氏が続いた。 1695年(元禄8)本多氏が御家騒動から領地没収となると、代わって有馬清純が入城し、以後明治まで有馬氏が8代続く事となる。 周囲の堀は埋め立てられ、また城門・武家屋敷等の建物は譲渡・売却となり、現在は本丸付近の石垣が残るだけだが、現存天守最古といわれる天守閣は一見の価値がある。 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 本丸から北側 堀はすべて埋め立てられた |
丸岡城八幡社 | 人柱お静の碑 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 天守閣�� | 天守閣�� | 天守下に置かれている石製鯱 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 天守台石垣 | 天守閣内�� | 天守閣内�� |
![]() |
![]() |
![]() |
| 天守閣内�� | 天守閣から南西 | 天守閣から北西 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 井戸 | 外掘跡である田島川 | 黒丸岡口門跡 |