九戸城

九戸城(くのへじょう)
岩手県二戸市福岡城ノ内
Mapion
--本丸空堀--
別名 白鳥城・宮野城・福岡城
交通 IGRいわて銀河鉄道「二戸駅」から徒歩30分。
築城年代 1492〜1501年(明応年間)か
築城者 九戸光政か
形式 平山城
主な城主 九戸政実
南部氏の一族である九戸氏が九戸城を居城とした事が文献に現れるのは、1492〜1501年(明応年間)九戸光政の頃である。
1591年(天正19)3月、南部信直の惣領相続を快く思わない政実は、この九戸城で挙兵すると、周辺諸城の攻撃を開始した。これに対し信直も日夜合戦に及ぶが、苦戦を強いられた。「九戸政実の乱」
これに信直は豊臣秀吉に派兵を要請し、8月蒲生氏郷を主将とする奥州再仕置の軍勢6万が九戸城を囲んだ。政実率いる城兵5千は善戦するが、9月政実は降伏し、九戸城は開城、政実以下主だった者は処刑された。
その後九戸城は蒲生氏郷の手により改修され、12月信直が三戸城から移り本拠とすると、名も福岡城と改められた。しかし子利直が盛岡城へ移った為、1636年(寛永13)九戸城は廃城となった。
大手堀跡 二の丸 本丸南空堀��
本丸南空堀�� 本丸南枡形虎口 虎口に残る石垣
本丸井戸跡 本丸東枡形虎口 本丸東空堀
本丸東空堀側面に残る石垣 二の丸に立つ九戸城戦没者供養碑 搦手門跡
石沢館・若狭館方面への虎口
大手門脇堀跡 Mapion
松ノ丸
九戸城落城後、信直が入城した所と
いわれ、福岡城の主郭となった。
松ノ丸土塁

参考文献 「現地案内板」
                        「青森・岩手・秋田の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2012年8月