北畠氏館

北畠氏館(きたばたけしやかた)
三重県津市美杉町下多気
Mapion

--北畠神社--
別名 多気御所・北畠御所・国司館
交通 JR名松線「伊勢興津駅」から徒歩60分。
築城年代 1342年(康永1)
築城者 北畠顕能
形式 館
主な城主 北畠氏
1342年(康永1)伊勢国司に任ぜられた北畠顕能により築かれた霧山城の南東山麓に位置する居館跡で具教まで8代北畠氏本拠となった。
1569年(永禄12)具教の時、織田信長による伊勢侵攻を受け、信長の次男信雄を養子に迎える事で和睦が成立するが、その後1576年(天正4)具教は三瀬の館において謀殺され、北畠氏は滅亡した。それに伴い北畠氏館・霧山城も焼き払われたという。
現在館址は北畠神社となっている。北畠氏滅亡後、館址には真善院が創建され、明治期に入ると多気小学校敷地となっていた事から改変された箇所も多いようだが、発掘により石積遺構や建物跡が確認されている。また南側には庭園が残り、霧山城と共に 国の史跡及び名勝に指定されている。
館址碑 庭園跡�� 庭園跡��
庭園跡�� 大手口跡 北畠顕能像
北畠顕能歌碑 礎石建物跡 北畠一族留魂社

参考文献 「現地案内板」
                     「図説中世城郭事典 新人物往来社」
                         「三重・奈良・和歌山の城郭 新人物往来社」   
訪城回数 1
2015年1月