![]() 茨城県笠間市笠間 --天守台石垣-- |
| 別名 | 桂城 |
| 交通 | JR水戸線「笠間駅」から徒歩30分。 |
| 築城年代 | 1205年(元久2) |
| 築城者 | 笠間時朝 |
| 形式 | 山城 |
| 主な城主 | 蒲生郷成 |
| 笠間城が築かれている佐白山は、古くは正福寺や百坊があり、信仰の山として栄えていたが、鎌倉時代初期、北方にある徳蔵寺と寺領を巡って対立し、正福寺は下野国の宇都宮頼綱に援兵を求めた。 1205年(元久2)頼綱は甥の時朝を出陣させるが、時朝は徳蔵寺と共に正福寺も滅ぼすと、この地に城を築き、笠間氏を名乗ったと伝えられる。しかしこの伝承によると、この時時朝は幼年である為、疑問も残されている。 笠間氏17代綱家の頃、宇都宮宗家に背き、後北条氏に従うが、1590年(天正18)笠間氏は豊臣秀吉の命を受けた宇都宮国綱に攻め滅ぼされた。 以後笠間城は宇都宮・浅野・蒲生氏らが領有し、1601年(慶長6)松平康重が3万石で入封すると、その後は小笠原吉次・松平康長・永井直勝らが続いた。そして1747年(延享4)牧野貞通が日向国延岡から8万石でこの地に入ると、明治維新に至るまで牧野氏が笠間藩主として続いた。 |
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| 西麓に建つ玄勝院から城址遠望 | 笠間城主下屋敷跡 |
宍ヶ崎櫓跡 |
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| 本丸土塁 | 本丸・正面が天守曲輪 | 本丸土塁上(八幡台) |
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| 八幡台櫓跡 北麓に建つ真浄寺に八幡台櫓が 移築現存している。 |
土橋 | 堀切 |
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| 天守曲輪へ続く石段�� | 天守台石垣 | 天守曲輪へ続く石段�� |
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| 山頂 | 山頂に建つ佐志能神社は、天守の 廃材が用いられているという。 |
笠間藩校・時習館跡 |