感状山城

感状山城(かんじょうさんじょう)
兵庫県相生市矢野町瓜生
Mapion
登山口地図

--石垣--
別名 瓜生城・下原山城
交通 各線「相生駅」からバス「瓜生東」下車。バス停から登山口まで
徒歩20分。地図の地点、羅漢石仏手前から登山道があります。
築城年代 鎌倉時代
築城者 瓜生左衛門尉
形式 山城
主な城主 赤松氏
鎌倉時代、瓜生左衛門尉により築かれたとされ、一説に南北朝時代初期、白旗城主赤松則村(円心)の3男則祐により築かれたともいわれる。
1336年(建武3)南朝方に敗れ、九州へ逃れた足利尊氏追討の為に派遣された新田義貞軍は白旗城の出城である感状山城を攻めた。この時則祐は守り抜いたが、再び義貞が大軍で攻め寄せると、白旗城に合流し、義貞の侵攻を防いだ。その後尊氏が東上すると則祐は先陣として活躍し、尊氏から感状を贈られた事から感状山城と呼ばれるようになったという。
その後の感状山城の史実ははっきりしないが、1469〜86年(文明年間)赤松義村により再築されたといわれ、また1570〜73年(元亀年間)岡豊前守の時、落城したと記録にある。
瓜生羅漢石仏から整備された登山道を登ると、物見岩を経て三の丸(倉庫跡)があり、南下には大手門・井戸跡が残されている。ここから東へ細い岩道を登ると二の丸・本丸があり、崩落している箇所も多いが、至る所に石垣が残され、往時は総石垣であったと考えられる。
物見岩から本丸方面 倉庫群跡 出丸
出丸石垣�� 出丸石垣�� 三の丸
井戸跡 西帯曲輪群 南曲輪群
二の丸石垣 二の丸 本丸石垣
本丸 本丸からの眺め 南から城址遠望

参考文献 「現地案内板」
                          「ひょうごの城 神戸新聞総合出版センター」
                     「大阪・兵庫の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2017年1月