埴原城

埴原城(はいばらじょう)
長野県松本市中山
Mapion
登山口地図

--主郭石垣--
別名  
交通 長野自動車道「松本」ICから車で20分。
蓮華寺左側の舗装道を登り突き当たりに登山口があります。
築城年代 鎌倉時代
築城者 村井氏
形式 山城
主な城主 村井氏
官牧埴原牧の牧人であった埴原氏は、勢力の拡大と共に筑摩山地西麓の牧場地帯から村井に住して村井氏を称し、この埴原城を要害城として築いたとされる。
室町時代、小笠原貞宗が信濃守護として府中へ入部すると、村井氏はその傘下に入る。
1548年(天文17)武田晴信が筑摩郡に侵攻すると、村井氏も小笠原長時に従うが、塩尻峠合戦で長時が敗れると、共に戦った村井氏は滅亡する。
1550年(天文19)7月10日、小屋城に入った晴信は、13日熊井城を落とし、15日にはこの埴原城(イヌイの城か)を攻略した。これにより林城をはじめ、諸城が相次いで自落する。この事からも戦略上重要な要害であった事が伺える。
堀切 段曲輪�� 段曲輪��
水の手 主郭石垣 主郭西側
堀切 竪堀 城址遠望・手前に蓮華寺

参考文献 「現地案内板」
                     「長野・山梨の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2006年10月