愛甲氏館

愛甲氏館(あいこうしやかた)
神奈川県厚木市愛甲西3丁目
Mapion

--神明神社・上愛甲公民館--
別名 愛甲城・しろあと・城の内
交通 小田急線「愛甲石田駅」から徒歩15分。
築城年代 平安時代初期
築城者 愛甲氏
形式 館
主な城主 愛甲三郎季隆
小野氏を祖とする武蔵七党の一つ、横山党の流れを汲む愛甲氏館跡。1110〜13年(天永年間)相模に進出した横山氏一族山口季兼らがこの地に定住した事に始まるとされ、その3男三郎季隆は源頼朝に一族と共に従い、弓の名人として知られる。1205年(元久2)頼朝死後、幕府の実権を握った北条時政と畠山重忠が争った鶴ヶ峰合戦では、弓で重忠を討ち取ったという。
季隆没後、1213年(建保1)和田義盛の乱の際、愛甲一族は義盛に従い、鎌倉に向かうが敗れ、衰退した。
神明神社・上愛甲公民館付近が館址とされ、畑の中に堀の痕跡が確認出来る。また発掘により16世紀のものとみられる遺物が見つかっており、扇谷上杉氏拠点である七沢城に近い事から陣城として利用されたとも考えられている。
神明神社北側 付近に残る堀跡�� 付近に残る堀跡��

参考文献 「神奈川中世城郭図鑑 戎光祥出版」
       「千葉・神奈川の城郭 新人物往来社」
訪城回数 2
2007年6月
2016年5月